未来の価値 第61話


「咲世子さん・・・」
「大丈夫でございます、ナナリー様。私がお傍におりますので」

マオに銃口を向けられてもなお笑顔のまま咲世子は言った。
ナナリーを誘拐した時に、マオは咲世子も連れ出していたのだ。
咲世子の身体能力は恐ろしいが、奇襲をかけられるぐらいなら目の届く所に置いた方がいいというのもあるが、何よりナナリーは手がかかる。トイレにだって一人で行けないから、世話役は欲しかった。
自分一人であれば咲世子は逃げられるろう。あるいは、健常者を連れてなら。だが相手はナナリーで目も見えず歩く事も出来ない。だから後手に回ってしまった。咲世子の体術でどうにかしたい所だったが、それが出来る相手ではないし、その段階はもう過ぎてしまった。奇襲も・・・。

「サヨコ、まーた悪い事考えたね。無駄だよ。もしお前が僕をどうにかしようなんて考えたら、僕はすぐにこれを押すからね。そうしたら、ナナリーはどうなっちゃうのかな?僕にはわからないなぁ」

そう言いながら、マオはナナリーの命を奪うスイッチを手の中でもてあそんでいた。

「咲世子さん、私の事なら気にしないでください。この方をどうか」
「ナナリー様」

自分を見捨てて敵を倒せというナナリーの命令を、咲世子は拒絶した。

「あははははは、それはね、無理な話だよ。だって咲世子は後悔しているからね、7年前に誰も護れなかった事を」

その言葉に、咲世子は身を固くした。
今までの言動から、この男が誰も知りえない情報を手にしている事も、こちらの行動を、いや思考を呼んでいる事も明白だった。
だから知っているのだ、7年前の罪を。

「そう、お前は誰も護れやしないんだよ。ナナリーも、ルルーシュも護れはしない。また、全員死んじゃうんだ。そして、お前だけが生き残る。今回もそうなるだろうね」
「いいえ、私は今度こそ護って見せます。この命に代えても」
「口ではいくらでも言えるよね?でも、本当に殺されかけたら、逃げるんだろう?ナナリーを盾にするんだろう?」
「そんな事、したことは」
「したんだよ、お前は自分の身を守るためなら、ナナリーだって簡単に殺すんだ。もう気づいてるんだろ?僕は全て知っている。信じてくれるよね、ナナリー」

男はサングラスを外し、にやりと笑った。
その瞳は禍々しく輝く血の色だった。
人の心を読み、すべてを当てる男の言葉。そこに嘘が混ざっていても、それを真実だと何も知らないものは錯覚を起こす。疑心暗鬼を生み出す毒の言葉・・・なのだが。

「私は、咲世子さんを信じます」

ナナリーは迷うことなく言った。
彼女の思考からもはっきりとそれが解る。
咲世子に対する絶対的な信頼は欠片も揺らぐ事は無い。
マオは不愉快気に顔を歪めた。

「信じても意味がないって言ってるだろ?お前は利用されてるんだよナナリー。サヨコにだけじゃない、お前の兄、ルルーシュにだって利用されている。ルルーシュは別にお前のことなんて何とも思ってないんだよ」
「嘘です。お兄様は私を愛してくれています」
「へー、愛を知ってる男が、僕からC.C.を奪うわけ無いだろう?あいつは、無理やりC.C.を自分のモノにしたんだ。許せないよね」

自分のものに。
あのルルーシュ様が?
あのお兄様が?

二人の動揺は脳に響き、とても心地いい。
この二人がどうなろうとどうでもいい、壊したいのはルルーシュなんだから。
だから、そのための駒に成長してくれなきゃ困るんだ。

「可哀そうなC.C.。怖かっただろうに、辛かっただろうに。ルルーシュは悪魔だよ。人を駒としか思っていない、愛情なんて表面的なものにすぎない。あいつが愛しているのは自分だけ。妹を愛している優しい自分。皆に慕われている優しい自分。そんな自分が大好きなのさ」
「・・・お兄様が、自己愛、ですか?」

いまいちピンとこない内容に、ナナリーは眉を寄せた。
だって、兄はいつもとても綺麗な声で、愛していると言ってくれる。
あの声に嘘はない。
いつも私を第一に考え、前に一緒にお風呂に入った時も・・・

「ま、まてよ!お前、あいつとお風呂に入っているのか??」
「いけませんか?」

何が悪いのだろう?と、ナナリーはキョトンと首を傾げた。

「いけないに決まってるだろ!」
「どうしていけないのですか?」
「自分の年はわかってるのか!?」
「わかっています。ですが、私たちは兄妹ですよ?」

その時のことを思い出しても、ナナリーには非難される理由が思い当たらなかった。咲世子が不在の日に一緒に入浴するのはいつものこと。あの甘く優しい大好きな声で、いろいろな話をしてくれる兄の声が頭に響く。幼いころからずっと一緒だった二人は、その辺の感覚が普通の人と若干ずれていた。

「や、やめろ!!くそ!あいつ、まさかC.C.とも入ってるのか!?絶対殺してやる!!」
「C.C.さんは兄妹ではありませんよ?」
「わかってる!!」

ナナリーの心の声は、純真無垢そのもので、穢してやりたい汚してやりたい、絶望させたいとあの手この手で挑んできたが、毎回こうして打ち負かされるのだ。何をどういっても、ナナリーは揺るがない。咲世子とルルーシュを信じています。それだけが彼女の真実で、それ以外の雑音は信用に値しないのだ。
これが親兄弟ならまだ心を揺らしたかもしれないが、自分たちを誘拐した男の言葉を信用するほどナナリーも馬鹿ではなかったという事だ。

こんな事なら、ルルーシュの情報を本人から引き出すんだったと後悔する。
ルルーシュがいるのはいつも政庁の上層階で、そこはマオのギアスの効果範囲外だった。だからルルーシュが持っている情報が不足している。
あんな見た目だからか、愛情を向ける男女の数が異様に多い。彼らはルルーシュの血筋を快く思っていなかったが、あの見た目は気に入っており、あわよくばと下劣な欲望を滲ませていた。だからルルーシュに関する色々な情報を、彼らは持っていた。そこから得られた情報を使い嘘を織り交ぜ揺さぶるしかないのだが、やはり噂レベルのものが多すぎてどうにもならない。
スザクというイレブンが足しげく通っている話から、「あいつは男色なんだ」と言っても、「そんな、お兄様もスザクさんの事が・・・」と、恋敵が兄ならば、兄を応援するべきか自分の思いも兄に告白し、二人でスザクを愛でるか悩む始末。その結果、「私たち三人で暮らせばみんな幸せになれますね」という結論を出すお花畑思考だ。
はっきり言おう。
ナナリーはマオにとって天敵だった。
その心を壊し、兄を恨み無理心中をさせようと思ったのに、全然上手くいかない。こんな事は初めてだった。いくらどす黒い情報を流しこんでも、彼女の中でそれらも純白に染め上げられてしまう。目が見えないからか。籠の中の鳥だからなのか。

あれからかなりの時間が過ぎた。
ルルーシュは間違いなく、ここを見つけやって来る。
それぐらいの知恵がある事は、周りの情報でも解っている。
だからそれまでの間に、この二人を傀儡にしたいのに・・・!

焦る気持ちそのままに顔を歪めていたマオの耳に、がたん、と大きな音が聞こえた。その音が何かなんて、考えなくても解った。ここにあるケーブルカーは2台。そのうち1台はここに、もう1台はルルーシュを迎えるために下に用意してあった。それが動いたのだ。ケーブルカーが大きな音を立て山を登って来る。

もう来たのかとマオは舌打ちした。
今まで散々偽情報を流し時間を稼いでいたが、ルルーシュはとうとうここまでたどり着いてしまった。心の癒しであるC.C.のモニターは回復することなく、黒い画面のままそこにあり、マオは苛立たしげに舌打ちをした。
本来ならば、ここでナナリーと咲世子を使いルルーシュと心中あるいはナナリーと咲世子が自殺し、それを目撃させる、という手段を取りたかったのだが、ナナリーが想像以上の問題児だった。ナナリーが少しでもぶれれば咲世子も自分を見失っただろうが、ナナリーのゆるぎない意志に感化され、何を言っても咲世子はナナリーを裏切らない強さを得てしまった。
7年前の後悔で揺さぶる事さえ、もう厳しいだろう。
ならばと、マオはケーブルカーに意識を向けた。
この二人が駄目ならば、ルルーシュだ。
ルルーシュの持つ情報を使い、二人を壊せばいい。
意識をまだ少し通りケーブルカーに移し、集中すると、様々な情報が頭の中に流れてきた。白?黒?いや、真っ黒だ。このナナリーの兄とは思えないほど、その心の中は憎しみで淀んでいた。
これは使える。
マオは新しいおもちゃを手に入れたと、その表情を醜く歪めた。
その変化に咲世子は反応し身構えるが、マオは咲世子が攻撃を仕掛けて来ない事を分かっているため、にやにやとした気味の悪い笑みを消す事は無かった。

「君みたいな人間を、純真無垢って言うんだろうねぇ。でも、君の兄は違う、こんな兄を信じてるなんて。ナナリー、君はね、騙されているんだよ」



***

(マオの部分カットしてたけど、入れた方がいいかな?と思って急きょ追加。でも、入れる必要無かったね。さっさと終わらせよう)と思った結果がこれですごめんなさい。
スザク君トラウマ回は回避でき無かったよ(棒読み)

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